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高松高等裁判所 昭和31年(ネ)73号 判決 1957年3月30日

第一審原告 大西喜太郎 外二名

第一審被告 株式会社四国銀行

主文

昭和三一年(ネ)第七三号事件につき

1、原判決第一項を次の通り変更する。

2、被控訴人(一審被告)は控訴人等(一審原告等)に対し夫々金二十七万円を支払い、且つ四国新聞、山陽新聞に左記広告を、本文及び控訴人被控訴人の氏名商号は五号活字、その余は六号活字を以て各一回ずつ掲載せよ。

広告

当銀行は貴殿等共同振出の約束手形につき手形金請求訴訟を高松地方裁判所丸亀支部に提起し且つその債権保全の為、貴殿等営業用の漬物樽並に漬物類に仮差押をしましたが、右は当銀行が手形上の権利がないのに拘はらず、重大なる過失によりその権利ありとして為したもので、この為貴殿等が漬物業界に有する信用を毀損し多大の御迷惑をおかけした次第であります。

昭和 年 月 日

株式会社 四国銀行

大西喜太郎 殿

松野伝治郎 殿

津田徳治 殿

昭和三一年(ネ)第七五号事件につき

控訴人(一審被告)の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通して之を十分しその一を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。

事実

昭和三一年(ネ)第七三号事件につき一審原告等代理人は原判決中一審原告等勝訴の部分を除きその余を取消す、一審被告は一審原告等に対し夫々三百八十三万四千円及び之に対する本件訴状送達の翌日から年五分の割合による金員を支払え、一審被告は朝日新聞毎日新聞四国新聞に後記の謝罪文を本文及び一審原告等と一審被告の氏名を五号活字、その余を六号活字を以て三回掲載せよ、訴訟費用は第一、二審共一審被告の負担とするとの判決及び金員支払の部分につき仮執行の宣言を求め、一審被告代理人は控訴棄却の判決を求めた。

掲載文(第一)

当銀行は貴殿等共同振出の約束手形に偽造裏書を為しこの手形金の請求訴訟を高松地方裁判所丸亀支部に提起し且その債権保全の為と称し貴殿等の漬物業の用具たる大樽につき空樽までを含む全部並に商品たる漬物類全部に仮差押を為し貴殿等の漬物営業を不能ならしめて営業を妨害し貴殿等が丸亀地方の重要物産たる漬物業界に有する多年の信用を毀損したことを謝罪します。

昭和 年 月 日

株式会社 四国銀行

大西喜太郎 殿

松野伝治郎 殿

津田徳治 殿

掲載文(第二)

当銀行は貴殿等共同振出の約束手形の正当な所持人にあらざるに拘らず重大なる過失により手形上の権利者として(この手形金請求以下第一掲載文同旨)

昭和三一年(ネ)第七五号事件につき一審被告代理人は原判決中一審被告勝訴の部分を除きその余を取消す、一審原告の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共一審原告の負担とするとの判決を求め、一審原告代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の主張並に証拠の提出援用認否は次に特に記すものの他、原判決事実摘示と同一であるから之をここに引用する。

一審原告等(以下単に原告等とも略称する)代理人は一、原告等の漬物営業用大樽、中樽は全部一審被告(以下単に被告とも略称する)が仮差押を執行したものであるから、右仮差押執行により前記樽はすべて執行吏の占有に移り保管を託された原告大西は固より他の原告二名も営業上之を使用収益し得べからざるは殆んど言を用うるを要しない(甲第三号証の三、甲第七号証)。之を反対に解して原告等は右の樽を使用し営業を継続し得たるものなりとなすは甚だしき謬論である。(仮に原告大西に使用が許されていたとしても丸亀漬物業組合の生産担当者である原告津田に使用せしむるを得ない故に右組合は営業を継続すること能はざるものである)。二、原告等は丸亀漬物業組合結成以前より夫々父祖伝来の漬物業者として業界において信用を博していた。組合解散後原告津田は小規模の漬物業を開始し他の原告二名は止むを得ず転業したが、商人の信用はその生命にも比すべきものであり原告等が右新たなる営業の維持発展を期する上に信用の回復は極めて重要である。原告等が謝罪広告を求めるゆえんである。原告等には被告主張の様な過失はないから過失相殺の主張は理由なきものであると述べ

一審被告代理人は一、執行吏が仮差押の執行に当り差押の標示を施して仮差押物を債務者の保管に委ねた場合には債務者は標示を毀損しない限り之が使用を為すを妨げない(吉川大二郎著保全処分の研究九一、九二頁)。本件においても執行吏は原告等所有の樽につき公示書を施した上、原告大西にその保管を委ね仮差押物件を処分したり標示を損壊したりしてはならぬ旨論告しているが、その使用を差止めてはおらぬ(甲第三号証の三)。又仮差押の公示方法は事務所入口の壁に一葉の公示書を貼付しただけであつて事実上も樽の使用を禁止又は制限する様な方法を採つていない。漬物用の空樽をその用法に従つて使用することはむしろその生命を維持する方法であつて善良なる管理者の注意義務である。二、本件の漬物中、たくあんは七十九日(仮差押の執行された昭和二十七年五月九日よりその換価された同年七月二十六日まで)、奈良漬は九十七日(右仮差押執行の日よりその換価された同年八月十三日まで)、らつきよ漬、梅漬は十ケ月十七日(右仮差押執行の日よりそれが取消された昭和二十八年三月二十五日まで)の間、原告大西の保管に委ねられていたものであるが、大凡たくあん漬、奈良漬が三ケ月前後の時間的経過により、又らつきよ漬、梅漬が十ケ月位の時間的経過により変質し商品価値を失うものでないことは吾人の日常生活の経験に徴し余りにも明白である。三、本件たくあん漬大樽三本が小樽(四斗樽)二百丁分に相当するとの原告等の主張は之を争う。右たくあんの仮差押当時の価格は執行吏の評価額二十五万五千円が正しく、之が多少、割安であるとしても二十七万円を超えることは絶対にない。而してたくあんの換価代金十五万円は既に原告等に交付されているから本件仮差押による損害金は十二万円乃至十万五千円に過ぎない。而して仮に右損害が七十九日の時間的経過によつて変質腐敗し商品価値を減じたが為に生じたものと仮定すれば、漬物製造業者として永年その道に携はつた原告大西としては当然このことを予測し、殊に宮武執行吏より変質又は腐敗の虞れがある場合は直ちに換価の申出をする様注意されておるのであるから商品価値の下落によつて生ずる損害発生を防止する為、仮差押執行後直ちに自ら換価の申立を為すか或は被告にその旨申出で換価の申立を為さしめる等の措置を講ずべきであるのに漫然七十数日を経過し、この損害の発生を見たのであるから、之は原告大西(前記組合代表者)の過失によるものであり、被告に命ずる損害賠償額の決定につき当然斟酌さるべきである。(ロ)らつきよ漬の本件仮差押当時の価格は四万五千円に過ぎず、仮に十ケ月余の時の経過により商品価値が半減したとすれば損害額は二万二千五百円であるが之についても右同様過失相殺を主張する。(ハ)梅漬の右仮差押当時の価格は三万円と評価するのが相当であり、塩漬の場合は長期の貯蔵が利くから右仮差押執行により損害は生じなかつた筈であるが、どぶ漬であつたとすれば、而して又十ケ月後に商品価値を失つたとすれば右三万円の損害が生じたことになるが之亦前同様過失相殺を主張する。(ニ)慰藉料額についても、本件仮差押の執行が原告等の組合の漬物業廃止の原因でなく、右仮差押の記事が四国新聞、山陽新聞に掲載されたとしても被告の全く与り知らないことであるし、却つて被告は原告等の信用名誉を毀損しない様、慎重な態度を執つたのに原告大西(組合代表者)は本件仮差押の執行を防止する為十分の努力を払はなかつた事情があり、之等を併せ考量すれば被告に慰藉料支払義務ありとしてもその額は僅少であるべきである。要旨以上の如き陳述を為した。

立証として新たに、原告等代理人は甲第七号証を提出し証人守家政太郎及び原告本人大西喜太郎の各尋問を求め、乙第十九号証はその成立を認めると述べ、被告代理人は乙第十九号証を提出し証人岡田清、同弾正原熊太郎、鑑定人松本忠七、原告本人松野伝治郎の各尋問を求め甲第七号証の成立を認めて之を利益に援用した。

理由

一、被告銀行が原告等共同振出(昭和二十四年七月三十日)にかかる金額五十万円の約束手形の所持人としてその債権の執行保全の必要ありと称し、昭和二十七年五月九日高松地方裁判所丸亀支部に有体動産仮差押命令を申請し、右命令に基づき右裁判所々属執行吏宮武健に委任して同日原告等共有にかかるたくあん漬入り大樽三本、空大樽三十四本、空中樽五本、らつきよ漬一本、梅漬一本、奈良漬九丁(九十貫)につき仮差押の執行を為したが(右物件中たくあん漬と奈良漬は同年七月二十六日及び同年八月十三日それぞれ右裁判所の換価命令により競売された)、同年五月二十六日原告等を相手方として同裁判所に提起した本案訴訟は翌昭和二十八年一月十七日被告銀行敗訴の判決(同裁判所)言渡となり右判決はその頃確定するに至つた事実は何れも当事者間に争がない。

二、而して右仮差押の執行が原告等に対する不法行為を成立せしめるものなることは原判決の詳細に説明するところであつて、当審における新たな証拠を加えて検討して見ても未だ右認定を動かすことは出来ない。この点に関する原判決理由はすべてここに引用する。殊に手形の記載要件(本件にあつては特に裏書日附)については銀行業者として、一般普通人より高度に注意義務を要求されて然るべき被告が、顧問弁護士(岡内瀞一)や専任の担当者(西村松吉)-原審証人西村松吉の証言による-を活用して、今少し慎重に前後の事情を調査すべきであつたのに(右手形を受取つたのは被告銀行の善通寺支店長岡田清であるからその調査は部外者につき調査をするよりもはるかに容易であつた筈である)、原告大西が単に手形振出のみを認めた一事を以てたやすく事を仮執行にまで運んだことは到底軽卒の譏りを免れ得ず、又原告大西が事を早期に解決する為原告等共有の本件物件に対する仮差押を申出で之に誘導されて本件仮差押が為されたものであるとしても(原審並に当審の証人岡田清、原審証人岡内瀞一の各証言による)、資力ある原告等に対し右早期回収を目的として仮差押を敢行する如きは制度本来の趣旨を逸脱するものであつて、むしろ権利の濫用に近い。被告の様な有力地方銀行の執るべき方途でないこと言うをまたぬ。被告は本件仮差押の執行に当つては原告等の名誉信用を重んじ組合業務に支障を来たさない様執行が無効となる程度の慎重な配慮をしたと主張しているけれども(而してこのことは後記六、に説明する如く事実であつたと認められるけれども)、かかる主張自体仮差押の理由の薄弱さを推測せしめるものであつて、このことの故を以て過失の責を免れる理由となすを得ぬ。

三、然らば右仮差押の執行により原告等に財産上の損害を加え、その名誉(信用)を傷つけたとすれば、被告は之を賠償し或は時宜により名誉回復を計る義務あること当然であるから以下順次之等の点につき検討を加える。

四、原告等は先ず右仮差押の執行により財産上の損害として、たくあん漬大樽三本で三十五万円、らつきよ漬一本で五万円、梅漬一本で十五万円、奈良漬十貫入り九丁で金十五万円、以上合計金七十万円の損害を蒙つたと主張し、被告之を争うにつき考えて見るに、成立に争のない甲第三号証の二、乙第二号証の一、二、五、六、七、並に原審における証人矢野正則、同原渕祥光、同弾正原熊太郎、当審における証人守家政太郎、鑑定人松本忠七の各供述、原審における原告大西喜太郎、同津田徳治の各本人尋問の結果を彼此綜合すると

(イ)  本件たくあん漬は四斗樽五十丁分に相当する大樽が三本即ち四斗樽百五十丁分であつて、その仮差押当時の価格は三十万円(四斗樽一丁当り二千円)であつたが換価の為競売された昭和二十七年七月二十六日当時は変質により時価十五万円に下落し、従つて原告等の蒙つた損害はその差額金十五万円であること

(ロ)  らつきよ漬は中樽一本四百貫であつて(原告等の組合で生産を担当していた原告津田徳治の供述による)仮差押当時の価格は十二万円(一貫当り三百円)であつたが、本件仮差押取消当時(昭和二十八年三月二十五日)は変質により価格半減して金六万円となり、従つて原告等は差額六万円の損害を蒙つたこと(尤も原告等はらつきよの損害として金五万円を請求している)

(ハ)  梅漬は(ロ)同様中樽一本四百貫であつて仮差押当時の価格は八万円(一貫当り二百円)であつたが本件仮差押取消の当時は全然商品価値を失ない原告等は右八万円の損害を蒙つたものであること

(ニ)  奈良漬については、九十貫で仮差押当時九万円(一貫当り一千円)の時価であつたが換価の時(昭和二十七年八月十三日)も同じく九万円であり原告等に格別の損害を生じなかつたこと

以上の事実を認定することが出来る。右認定に反する証拠はすべて採用しない。

五、然らば原告等は被告に対し前記(イ)乃至(ハ)合計金二十八万円(合計金は二十九万円であるが、らつきよ漬については原告等の請求する金五万円にとどめたから二十八万円となる)を財産上の損害としてその賠償を求め得る筈であるが、被告は原告等に過失があつたから損害額の決定については之が斟酌さるべきである旨抗争するので考えて見る。

凡そ仮差押を受けたものは、之に異議を申立て(異議が損害防止の策としては迂遠なりとすれば)或はいわゆる解放金額を供託して執行の停止又は既に為された執行処分の取消を求め自らその損害の発生を防止することが出来るのであるから、そうする経済的余裕があるに拘わらずこの措置に出なかつたときは損害の発生について被害者たる者にも過失であると言うべきである。そうすることが被害者の義務でないと言うことのみによつて右過失を不問に付することは出来ぬ。本件において原告等が右何れの方法をも執らなかつたことは原告等の認めるところであり(当審における原告大西喜太郎、同松野伝治郎、原審における原告津田徳治の各供述による)、原告等が右措置を採るのに何等経済的に事欠かぬものであることも原告等の各本人尋問の結果に徴し明らかである。殊に成立に争のない甲第一号証、甲第二号証の一によれば本件仮差押執行の直後、被告より本案訴訟が提起されるや原告等は之に応訴する為弁護士河西善太郎外一名を訴訟代理人に委嘱しているのであるから、後記六、において原告等が主張する様に右仮差押が組合を解散して営業を休廃せねばならぬ程の潰滅的打撃を与えるものであつたとするならば、仮差押の解放を得ることがたとえ原告等の自由に委かされた道であるとするも、当然に右弁護士に窮状を訴えて打開の策を授かるべきであり、又常時組合の手持金百万円があつたのであるから(原審における原告大西の供述による)解放金額五十万円(成立に争のない甲第三号証の二による)を供託することはいと易いことであつたのであつて原告等にそうすることを要求したところであながち公平を失するものとは言えない。よつて賠償額の決定について原告等の右過失を斟酌するを妥当と認め之を考慮に入れて、原告等の被告に請求し得べき財産上の損害賠償額は金二十一万円を以て相当とする。而して右債権は原告等の共有物から生じたものであるから本来不可分債権であるけれども、前記原告等各本人尋問の結果によると原告等の組合は既に解散され昭和二十八年初頃清算事務も終了したものであるから、その時より各人平等の割合による可分債権に変じたものと言うべきである。よつて原告等は被告に対しそれぞれ金七万円の債権を有しているものである。

六、次に原告等は、その営業の基礎を為す大樽中樽全部を被告より差押えられ営業は継続不能となつたのであるから金八百六十六万七千円を営業妨害による得べかりし利益の喪失として被告に賠償を求める旨主張するので、先ず本件仮差押の執行と原告等の営業休廃との関係につき検討するに、前記の証人矢野正則、同原渕祥光、同弾正原熊太郎、原告大西喜太郎、同津田徳治、同松野伝治郎の各供述及び原審証人岡田小三郎、同山川義道の各証言を綜合すれば、原告等の組合が本件仮差押の後その営業を休止し昭和二十八年の初遂に解散するに至つたことが認められるが、一方右証人矢野正則、同岡田小三郎の他の証言部分(原告等の組合が昭和二十七年頃大樽約七十本の漬物をしていたとの点)、原審証人森沢嘉平の証言(年間僅かに三百四、五十万円の生産をするたくあん漬業者にして既に大樽二十五本、六尺タンク二十二個、三十石樽十二本、二十二石樽十本を有するとの点、たくあんの漬込は十二月から一月迄の間なりとの点)、当審鑑定人松本忠七の供述(たくあんの漬込は十二月より一月初までの間なりとの点)及び原審検証期日(昭和三十年十二月三日)における原告津田徳治の供述(本件仮差押の当時現場には大樽計七十本があつたとの点、記録三三三丁)、原告大西喜太郎の当審における供述(原告等の組合は丸亀市内五ケ所に倉庫を持つていたとの点)を彼此考え合わせると、右仮差押執行は原告等の営業用大樽の全部につき行われたものでなかつたことが窺はれるのみならず(原審における原告大西のこの点に関する供述は措信し難い)、仮りに全部の大樽が差押えられたものとしても更に成立に争のない甲第三号証の三、甲第七号証、乙第二号証の一、二、三、及び原審における証人宮武健、同岡田清、同西村松吉、原告大西喜太郎の各供述並に前記検証の結果を綜合するときは、本件仮差押の執行に際して宮武執行吏は物件の一々について仮差押の標示を貼付せず原告等の漬物工場事務所入口の壁に一葉の公示書を掲示するにとゞめ(入口の戸を開けるとその公示書も見えなくなる)、仮差押物件は執行に立会していた原告大西の同意を得て同人にその保管方を委託したが、原告等は右物件は仮差押にかかるものであるとしてその後使用をしなかつたこと、又当時小樽(四斗樽)は工場内に多数存在していたがそれには執行しなかつたこと、右執行吏が原告大西及び被告側の立会人の意見を徴して付した仮差押物件の評価総額は金四十九万九千五百円であつたこと、原告等の漬物の製造はその工場内に大樽中樽を据えて置いてそれに原料を入れて漬け上げることがそれぞれ認められる。右認定に反する証拠はすべて採用しない。思うに有体動産に対する仮差押の執行は執行吏の占有によつて為されるものであるから一般的に言えば、債務者に対しその処分を制限するばかりでなくその使用収益をも禁止する効力を持つものであるが、本件の如く公示書を掲示して債務者の一人である原告大西にその保管を委託した様な場合にあつては、原告等はその公示書を毀損しない限り右大樽中樽を使用して漬物を製造することは妨げないものと解せられる。勿論法律家でない原告等に対し、かかる解釈の下に樽を使用して営業を継続することを期待するのは難きを強いるものの様に見えるけれども(現に原告等は仮差押にかかるが故を以て樽に手を触れなかつたこと前認定の通りであるが)然し前記五、においても触れた如く、当時原告等は本件の本案訴訟について弁護士河西善太郎外一名の法律家に委嘱し事件の解決を図つていたものであるから、而して原告等の主張の如しとすれば休廃業するか否かの岐路に立たせられていたのであるから十分に右法律家の研究を仰ぎ前記結論を得た上樽の使用を継続し得たものであるとなすことは決して難きを強いるものでない。

そうだとすると輸送販売の為使用する小樽(四斗樽)は何等仮差押を受けておらず、又本件手形債権と略々同一価格の物件について仮差押が為されている以上右債権による再度の仮差押の危険は殆んどないものと言うべきであるから本件仮差押の執行があつても空の大樽中樽を使用して漬物を製造し、それを小樽によつて輸送販売すると言う原告等の営業は、漬物入大樽三本を使用出来ないと言うことを除き殆んど影響がなかつたものと言うべきである。又原審における原告大西喜太郎の供述によると四国新聞及び山陽新聞に本件仮差押が為された旨の記事が掲載されたことが認められるし、右供述及び前記の証人弾正原熊太郎の証言によれば被告が前記換価処分の際香川県下の同業者の一人である香川漬物株式会社に仮差押にかかる漬物の買受方を申入れたことも明らかであるから少くとも本件仮差押が香川県及び岡山県下の同業者に知られたことは推認するに難くなく、この為取引上の信用を毀損されたことも当然考えられることであり、又前記の証人山川義道、同原渕祥光、同弾正原熊太郎(当審の分を含めて)の各証言によると原告等の営業は自ら製造して販売するばかりでなく高松、岡山、大阪方面の業者から漬物製品を買受け之を他に転売していた面もあつたのであるが、かかる取引先の中には右差押後危険を感じて原告等との取引を停止したものもあつたことが窺はれるが、同時に、右岡山の原渕商店を別にすれば、取引停止の原因は前記新聞報道に基づき他の業者が原告等との取引に危険を感じたことばかりでなく、むしろ原告等からこれ等の業者に対し商品の注文をせなかつたことがより強い原因となつていることが前顕各証言から窺はれるし、又前記の証人矢野正則、同岡田小三郎の各証言によると、従来原告等と取引のあつた小売業者が原告等から商品を購入しなくなつたのは原告等が商品を販売しない為止むなく他から購入すると言う結果に立至つたものであることが認められる。原審における原告大西喜太郎の供述中右認定に反する部分は措信し難く他に右認定を動かすに足る証拠はない。

以上の事実に、本件仮差押の執行当時(昭和二十七年五月九日)原告等はたくあんは僅かに大樽三本しか漬込んでいなかつた事実(原告等の自認するところである)、原告津田が昭和二十七年五月二十三日(本件仮差押執行の直後)その殆んど総べての所有不動産につき競売開始決定を受けていた事実(成立に争のない乙第十九号証による)を綜合して考えると、原告等が営業を休廃するに至つたのは本件の仮差押執行がその原因であると言うことは出来ず、むしろその原因は他に存するか或は仮差押物件は使用出来ないと言う原告等の法律の不知がかかる結果を招来したものと言うべきであつて、得べかりし利益の喪失を理由にその賠償を求める原告等の請求は、進んで数額の点につき判断する迄もなく失当である。

七、然しながら右認定の如く被告銀行が本件仮差押により原告等の信用を毀損したものであることは覆うべくもないから之に対し相当額の金員を以て慰藉すべき義務がある。そこでその数額について考えるに、成立に争のない甲第四、五号証に前記の証人弾正原熊太郎、同岡田小三郎の各証言、原告等の原審並に当審における各供述を綜合すると、原告等は何れも丸亀市において相当なる社会的地位と資産信用を有していたものであることが認められ又被告銀行が莫大な資産を有する四国地方の有力銀行であることは弁論の全趣旨から窺はれるところであり、にも拘わらず被告銀行が原告等に対し本件につき格別宥恕を乞うた事跡のないこと(この点も弁論の全趣旨から明らかである)その他諸般の事情を考量するとき右金額はそれぞれ金二十万円を以て相当とする。

八、次いで謝罪広告の請求につき考えるに前記六、に認定した如く本件仮差押により原告等の信用は毀損せられ取引先の中には岡山の原渕商店の様に危険を感じて原告等との取引を停止したものもあるのであつて、又原告等の原審並に当審における供述によると原告等は共同事業廃止後それぞれ或は単独で漬物業を経営し或は食品製造業を営んで努力を続けていることを認めることが出来るから、たとえ従前の共同事業を廃止しても引続き商人として立つて行く以上、前認定の損害賠償に加え従前の信用を回復して之を新たなる営業の資と為す必要がないとは言えない。よつてその方法につき考えるに前記六、に認定した諸事情を綜合すれば被告は四国新聞及び山陽新聞の各紙に主文にかかげた様な広告を各一回掲載するを以て十分であると認め、右以上に出でる原告等の請求は失当として棄却すべきものとする。

九、然らば原告等の請求中上記五、の各自がそれぞれ金二十七万円を求め、上記八、の新聞広告を求める部分は理由があるから之を認容しその余は之を棄却すべきである。よつて第一審原告の請求については原判決を右の通りに変更し、第一審被告の控訴はその理由がないから之を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第九十二条第九十三条第八十九条を適用しなお仮執行宣言はその必要なきものと認め主文の通り判決する。

(裁判官 玉置寛太夫 加藤謙二 小川豪)

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